代表のブログ

「叔父さんの納骨」

投稿日:2019年05月02日

本日、旧知の石屋さんの「荒木さん」にお墓を開けてもらい、友人のお坊さん「徹也」に読経してもらって無事「叔父さん」の納骨を済ませて参りました。

 

このタイミングで長男坊がインフルエンザに罹り、次男坊も学校の宿題が山ほどあるというので、致し方なく子供達は置いて行きました。

 

実はこの叔父さん、親兄弟から絶縁状態だったのでお骨の引き取り手がなく、このままだと無縁墓地行きだったので私が引き取らせていただきました。

 

このお墓は、私が親父が亡くなった時に建てたものです。
親父が存命の時、親父の兄弟皆で集まって金沢の本家の墓を東京に移転する話をしていました。
長兄である親父が「よっしゃ、じゃそれで決まりだな。後は俺に任せろ」と言ったまま死んでしまったので、私がその意志を引き継いだ形です。

 

墓石に彫ったこの「ありがとう」という言葉は、親父が息を引き取る間際にお袋に言った言葉です。
片岡鶴太郎の師匠でもある書道家の金田石城先生の文字を、許可をいただいて使わせていただきました。

 

一般的には「お墓は長兄から長兄に引き継がれ、長兄以外は自分で墓を建ててそこに入り、嫁いだ人は嫁ぎ先の家の墓に入る」という考え方のようですが、私はそんな事全く気にしません。
「ケチケチしないで、皆んなで仲良く入ればいいじゃん?その方が賑やかでいいじゃん?」というのが私の考え方です。

 

 

石川の本家の墓は本家の墓であります。
しかし、そちらは男の子がいないためそのうち見てくれる人がいなくなります。
ウチは幸運にも男の子が二人いるのでまだしばらくは見てくれるでしょうから、そのうち私は「岩田家」全てを引き受けさせてもらうつもりです。
元々賑やかな家系なので「全員集合」で宜しいと思います。

 

ウチの子供達にも事情を説明し「こらからウチの墓がチョイと賑やかになるからな」とは言っておきました。

 

 

何だかんだ言っても、息子であり兄弟です。
亡くなって仏になったからには、全て水に流して仲良くしてくれるのではないかと思います。
散々悩みましたが、これでよかったのだと思っています。

 

 

お坊さんの徹也には、自分のお寺の本堂、お墓、ウチの仏壇で読経してもらい大変感謝しています。
本当にありがとう🙏
お礼も込めて、夜一緒にご飯を食べに行きました。

 

 

 

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