代表のブログ

「国家と暴力」

投稿日:2019年01月30日

業務上あまり好ましくないと思うので今まで控えていましたが、今回だけ少し政治的なお話をさせていただきます。

 

私は常々、国同士の諍いを見ていて「暴力団と何も変わらないな」と思っていました。
「暴力(軍事力)を背景としたハッタリとカマシで相手(他国)に要求を飲ませ、要求を飲まない相手にはその暴力を使う(戦争を始める)」
全くもって一緒だと思います。
「ああ、どんなにご立派なカッコいい事言っててもやはり最終的には暴力なんだな。力が強い奴が勝つんだな。その点原始時代と何一つ変わってないんだな」と思ってしまいます。

 

各国国内の暴力はその国の法律で取り締まりが可能ですが、国際的なルールはあってないようなものなので、実質的に力の強い国の要求が我が物顔でまかり通っているのが現実です。

 

その結果、理不尽な要求を飲まされた(屈辱を受けた、または辛酸をなめさせられた)軍事力のない国には反乱分子としてテロ組織が生まれます。
正攻法で真正面からぶつかっても勝てないから「国」ではなく「テロ組織」として、単発で「ヒット&アウェイ」でやるしかないわけです。
私はテロは絶対に許されない卑劣な行為だと思いますが、9.11の事件も、アルカイダやイスラム国の出現も必然だったような気がしてしまいます。

 

言うまでもなく世界最大の暴力団はアメリカなのですが、反面「世界の警察」とも言われており、それなりの役目を担っている面もあると思います(もちろん基本的には自国の国益しか考えていませんが)
いずれにせよ負んぶに抱っこの子分であり、且つ守っていただいている立場の日本には何も言う事ができません。

 

率先して多くの奴隷を作り上げ、世界各国を植民地として搾取し、恐らく歴史上一番他国の国民を殺してきたイギリスが「紳士の国」とは笑ってしまいますが、今は素知らぬ顔でアメリカの舎弟としてそれなりに世界平和に貢献しているようです。

 

 

過去一対一ではほぼ無敗であった我が国は、つい調子に乗り過ぎて世界中を相手に戦争をして負けてしまい、スッカリ牙を抜かれた忠犬と成り果てましたが、それと引き換えに現在の経済発展があったと言っても過言ではありません。

 

大東亜戦争(第二次世界大戦)の賛否はあるでしょうが、あの戦争の大義名分であった「アジア諸国の欧米列強からの植民地解放」には少なからず寄与した事は間違えありませんし、欧米からの植民地解放に感謝している国がインドネシアを筆頭にいくつもある事もまた事実です。

 

しかし、世界を巻き込んでの大戦を引きこ起こした我が国の責任が重大である事は言い逃れができません。
手法が強引であった事は間違えありませんし、その点は大いに反省すべきでしょう。

 

 

現在では、国家間の紛争を国際司法裁判所に提訴をしたとしても、もう一方がそれを受け入れる義務がないためほとんど意味のないものとなっています。

現在他国に侵略・実効支配されている我が国固有の領土「竹島」の問題でも、我が国は国際司法裁判所に裁定を委ねましたが相手国が裁判を受け入れておりません。

それでは「裁判で争えば勝てる」見込みのある場合しか受け入れないのは明白で、竹島のように相手国の主張に何の根拠もない場合は国際司法裁判所そのものに意味がないものとなっています。

 

ですので今後やるべき事としては、国連の発言力・影響力をもっともっと強固なものにするとか、国際司法裁判所の法的拘束力を不動のものにするとか、または新たな国際的な立法・行政・司法機関を作るとか、キチンとした国際的なルールを作り、それに対する罰則などの法的拘束力を確立する事が必要だと思います。

 

各国の利害も絡むので現実的には難しいでしょうが、そうでないと今後も大国の横暴とテロは絶対になくならないでしょう。

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