代表のブログ
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SDIトータルサポート ホーム > 代表のブログ > 奇病「岩田病」
投稿日:2018年02月01日
18歳くらいの頃、寝て起きるといきなり足に力が入らくなっていて、まともに歩く事ができなくなりました。
トイレで立っているのも大変で、用を足していても生まれたての小鹿のように足がプルプル震えます。 当時二グロパーマでイキがっていたのですが、情けなくもお袋に風呂に入れてもらうような状態でした(汗)
一日二日三日と日に日によくなり、四日もすると完治していました。 「一体全体何だったんだろう??」と思いながらも「喉元過ぎれば何とやら」で気にせず生活していると、4、5ヶ月後にまたなりました。 パターンは一緒です。日に日によくなり3、4日で完治しました。 しかしまたしばらくして、忘れた頃になるのです。
そんな事を繰り返しているうちに、段々分ってきた事がありました。 「大酒を飲んだ次の日になりやすい」と「なるにもレベル1~レベル5まである」という事です。 レベル1は全力疾走ができないという程度で、日常生活には支障はありません。 レベル5は一番最初のパターンで、歩く事もできない状態です。
あと、どうやら「足を冷やす」事が原因のような気がしてきました。
そんなこんなで年2、3回のペースで10年が過ぎ、ある日久々にレベル5になったので、一日二日して歩けるようになってから地元で有名な整形外科に行きました。
一通り検査をした後、そこの院長に「俺も36年間整形外科医をやってるけど初めて見たし初めて聞いた。お手上げだ。紹介状を書くから〇〇大学病院に行ってくれ」と言われ、家に帰ると珍しく親父がいたのでその話をしました。
すると親父は嬉しそうに「そうか!お前もとうとうなったか!ムリムリどこの病院へ行ってもムリだ。俺なんか富山県で一番の病院で診てもらったけど原因不明だったからな。これ岩田病って言うんだよ。諦めろ。ガッハッハッハ」と言われました。 「何で喜んでんだよ…ってか、10年前からなってるし…」と思いましたが、聞くと親父も親父の弟も若いころ発症し、やはり「足を冷やす事」が一番の原因で、二人とも30歳を過ぎた頃には自然と治ったから心配するなという事でした。
しかし30になっても治りません。
31くらいの時、会社に行こうと起きあがったらレベル5になっていて、会社に電話して正直に言ったのですが信じてもらえず(そりゃそうですが)社長自らウチに様子を見に来た事さえもありました(汗)
ちょうどその頃、私の弟も発症しました。 もう30真近になってからです。
32くらいの時、旅行で沖縄に行き、慶良間諸島で初のスキューバダイビングの予約をしました。 ところがその日の晩大酒を食らって、冷房ガンガンで毛布も掛けずに寝たら、次の日レベル「4.5」を食らいました。
前の日予約を入れに来た時はピョンピョン飛びはねていたのに、次の日にゾンビみたいな歩き方でやってきたものだから、スタッフの人達は目を白黒させていました(汗)
新婚旅行気味だったので気合いで参加はしましたが、水中で手足を真下にブラリンと下げ、スタッフの人に背中のタンクのあたりを持たれて「腰を頂点に、くの字にぶら下げられてる死んだタコのような状態」でのスキューバダイビングとなり、面白くもなんともなくそれ以来二度とやっていません。 ・ ・ ・ 実はいまだに完治はしていないのですが、ここ5年くらいはなってもせいぜいレベル1です。 なので日常生活にも仕事にも全く支障はないのですが、これが真剣にやってる野球の試合前だと結構困ります。
もう人に説明するのも面倒くさいので聞かれてもテキトーな事を言っているのですが、とうとう恐れていた事が現実になりました。
とうとう私の長男坊も発症したのです(汗)(汗) ガリガリなのに… これで、発症の法則であった「男」「太り気味」がまた崩れました。
我が一族では「また岩田病になっちゃってさー」「えっ!本当に!?レベルは?」が普通の会話なのです(汗)
18歳くらいの頃、寝て起きるといきなり足に力が入らくなっていて、まともに歩く事ができなくなりました。
トイレで立っているのも大変で、用を足していても生まれたての小鹿のように足がプルプル震えます。
当時二グロパーマでイキがっていたのですが、情けなくもお袋に風呂に入れてもらうような状態でした(汗)
一日二日三日と日に日によくなり、四日もすると完治していました。
「一体全体何だったんだろう??」と思いながらも「喉元過ぎれば何とやら」で気にせず生活していると、4、5ヶ月後にまたなりました。
パターンは一緒です。日に日によくなり3、4日で完治しました。
しかしまたしばらくして、忘れた頃になるのです。
そんな事を繰り返しているうちに、段々分ってきた事がありました。
「大酒を飲んだ次の日になりやすい」と「なるにもレベル1~レベル5まである」という事です。
レベル1は全力疾走ができないという程度で、日常生活には支障はありません。
レベル5は一番最初のパターンで、歩く事もできない状態です。
あと、どうやら「足を冷やす」事が原因のような気がしてきました。
そんなこんなで年2、3回のペースで10年が過ぎ、ある日久々にレベル5になったので、一日二日して歩けるようになってから地元で有名な整形外科に行きました。
一通り検査をした後、そこの院長に「俺も36年間整形外科医をやってるけど初めて見たし初めて聞いた。お手上げだ。紹介状を書くから〇〇大学病院に行ってくれ」と言われ、家に帰ると珍しく親父がいたのでその話をしました。
すると親父は嬉しそうに「そうか!お前もとうとうなったか!ムリムリどこの病院へ行ってもムリだ。俺なんか富山県で一番の病院で診てもらったけど原因不明だったからな。これ岩田病って言うんだよ。諦めろ。ガッハッハッハ」と言われました。
「何で喜んでんだよ…ってか、10年前からなってるし…」と思いましたが、聞くと親父も親父の弟も若いころ発症し、やはり「足を冷やす事」が一番の原因で、二人とも30歳を過ぎた頃には自然と治ったから心配するなという事でした。
しかし30になっても治りません。
31くらいの時、会社に行こうと起きあがったらレベル5になっていて、会社に電話して正直に言ったのですが信じてもらえず(そりゃそうですが)社長自らウチに様子を見に来た事さえもありました(汗)
ちょうどその頃、私の弟も発症しました。
もう30真近になってからです。
32くらいの時、旅行で沖縄に行き、慶良間諸島で初のスキューバダイビングの予約をしました。
ところがその日の晩大酒を食らって、冷房ガンガンで毛布も掛けずに寝たら、次の日レベル「4.5」を食らいました。
前の日予約を入れに来た時はピョンピョン飛びはねていたのに、次の日にゾンビみたいな歩き方でやってきたものだから、スタッフの人達は目を白黒させていました(汗)
新婚旅行気味だったので気合いで参加はしましたが、水中で手足を真下にブラリンと下げ、スタッフの人に背中のタンクのあたりを持たれて「腰を頂点に、くの字にぶら下げられてる死んだタコのような状態」でのスキューバダイビングとなり、面白くもなんともなくそれ以来二度とやっていません。
・
・
・
実はいまだに完治はしていないのですが、ここ5年くらいはなってもせいぜいレベル1です。
なので日常生活にも仕事にも全く支障はないのですが、これが真剣にやってる野球の試合前だと結構困ります。
もう人に説明するのも面倒くさいので聞かれてもテキトーな事を言っているのですが、とうとう恐れていた事が現実になりました。
とうとう私の長男坊も発症したのです(汗)(汗)
ガリガリなのに…
これで、発症の法則であった「男」「太り気味」がまた崩れました。
我が一族では「また岩田病になっちゃってさー」「えっ!本当に!?レベルは?」が普通の会話なのです(汗)