桶川ストーカー殺人事件

1999年（平成11年）10月26日に埼玉県桶川市のJR高崎線桶川駅前で、女子大生（当時21歳）が元交際相手（当時27歳）とその兄が雇った男によって殺害された事件である。

概要

1999年10月26日午後0時55分頃、埼玉県桶川市のJR桶川駅西口前のスーパー脇の路上で、上尾市在住の跡見学園女子大2年・S子さん（21歳）が男にナイフで左胸と脇腹を刺され出血多量で死亡しました。

当初は通り魔の犯行と見られたが、家族や友人の話から以前にS子さんと交際していたという元風俗店経営・小松和人（当時27歳）が浮上した。
小松はこの年の1月頃にS子さんと知り合い交際を始めていたが、別れ話を切り出されると、執拗に嫌がらせを繰り返していた。
ストーカーはそれまでにTVドラマなどで取り上げられたりして、一般の人々にその意味合いは知られていたが、実際に殺人事件にまで発展するケースは稀であった。
小松はS子さんの前に交際していた女性に対しても同じような嫌がらせをしていたようである。
その小松は、事件後から行方をくらませていた。

ただ小松は身長180cmで「羽賀研二と松田優作を足して2で割ったような色男」らしく、目撃者の証言から「短髪、小太り、青いシャツ、身長170cmくらい」だというS子さんを刺した男とは特徴が一致しなかった。
小松の経営していた風俗店のあるマンションの一室は、看板などは残っているものの、もぬけの殻であった。

12月19日、小松和人の兄小松武史（元消防庁職員　当時32歳）が経営する風俗店の店主・久保田祥史（当時34歳）が殺人容疑で逮捕された。
久保田はS子さんを刺したという男の目撃証言とピッタリ合っており、小松ともつながりがあった。
その翌日には兄の武史、伊藤嘉孝（当時32歳）、川上聡（当時31歳）の3人も逮捕された。
ちなみにこの4人の居場所をつきとめたのは警察ではなく、写真週刊誌「フォーカス」である。
兄武史は8月頃に弟の小松からS子さん殺害を依頼され、約2000万円を払って久保田に殺害を持ちかけた。

年が明けて、2000年1月16日、S子さんに対する中傷ビラなどによる名誉毀損容疑で12人も逮捕された。
だが首謀者と見られる小松和人だけは行方がわからず指名手配したが、兄武史は「弟の和人は自殺するつもりだ」と言って彼の行きそうな場所を警察に話していた。

1月27日、北海道弟子屈町の屈斜路湖で、男性の水死体がアマチュアカメラマンによって発見される。
遺体は小松和人で、死後2、3日経過しており、自殺と見られた。
その理由は首のまわりに浴衣の紐が巻かれていたことや、手首にためらい傷、体内から睡眠薬が検出されたからだ。
小松は事件直前に沖縄へわたり、その後名古屋に潜伏した後、北海道へ来ていたのである。

経緯

1999年1月、小松とS子さんは大宮駅東口のゲームセンターで知り合った。
声をかけた小松は名前を「誠」、職業は外車ディーラー、年齢を23歳と詐称していたが、実は東京都および埼玉県において無許可でファッションヘルス形態の風俗店を6～7店舗経営する裏社会の実業家であった。
やがて2人は交際を始めたが、最初は優しい男だった。
和人は常に札束を持ち歩き、高級ブランド品をプレゼントするなどしていたが、それをS子さんが遠慮すると「俺の気持ちをなぜ受け取れないんだ！」と怒鳴り出したという。
小松がA子さんへの態度を決定的に変えたのは3月20日、S子さんが池袋の小松のマンションに遊びに行った時で、なぜか室内にビデオカメラが仕掛けられていたため、S子さんがそのことを尋ねると、小松は「お前、俺に逆らうのか。なら 、今までプレゼントした洋服代として100万円支払 え！」と言って怒りだし、顔面スレスレの壁を何度も殴りつけて穴を開けた。
小松はさらに「返さなければ風俗で働け」「俺と別れるんだったら、お前の親がどうなっても知らないぞ。リストラさせてやる。」と脅してきたため、S子さんは「交際を断れば殺されるかもしれない」という恐怖を覚えたが仕方なく交際を続けた。
実際にAは興信所に依頼して被害者の父親の勤務先や、友人の情報を入手していた。

その日から、小松は頻繁に電話をかけてくるようになり、30分おきに電話して彼女の生活を知ろうとしたり、S子さんが出ないと自宅や友人のところに電話をかけたりした。
S子さんが愛犬の散歩中にかかってきた電話では「俺を放っておいて、犬の散歩してるのか。おまえの犬も殺してやるぞ」と怒鳴ったりもした。

3月24日、S子さんは友人に「私、殺されるかもしれない」と話す。

3月30日、S子さんは家族と友人に宛てた遺書をしたためたうえで、小松に対して別れ話を切り出すが、小松は被害者の家族に危害を及ぼすことをほのめかし「金で動く人間はいくらでもいる」と脅して交際の継続を強要。

4月、S子さんは小松に嫌われるために、強烈なパーマをかけた。しかし 、S子さんの友人づてに事情を聞いた小松にこの作戦はバレていた。

4月21日、小松は「お前は俺とだけ付き合うんだ。その誠意をきちんと見せろ」と、S子さんに携帯電話を2つに折るように命令し、言われた通りにしたため友人の番号メモリーを失う。

6月14日、異常な小松の愛に我慢できなくなったS子さんは、池袋駅構内の喫茶店で別れ話を切り出す。
それまでにも何度か「別れて欲しい」と頼んでいたが、父親の勤め先などの情報を手に入れており「リストラさせてやる。そうすりゃ、小学生と浪人生の弟達は学校に行けなくなっちゃうよ」「それでも別れるというなら、お前を精神的に追い詰めて天罰を下す」と脅されていた。
小松は「弁護士に相談する」と言って電話をかけ、S子さんが電話を受け渡されると弁護士と名乗る男は「今からお宅に伺います」と言って電話を切った。

その夜、小松と兄武史、柳直之（当時29歳）の3人がS子さん宅にあがりこんだ。
小松の上司と名乗った兄武史が、S子さんと母親に対し「小松が会社の金を500万円横領して、お宅の娘に貢いだので半分の250万円を支払え。しかもあなたは小松の精神的に不安定にした。病院の診断書もあるから誠意を見せろ」と言った。
父親が帰宅してきて「女しかいないところに上がり込んでいるのはおかしいじゃないか。警察がいる前で話そう」と一喝されると、男達は「会社に内容証明付きの文書を送りつけるから、覚えておけ」 と吐いてようやく帰っていったが、この時S子さんはこのやりとりをカセットテープに録音していた。
小松はその帰り道、仲間に「このままじゃ気が済まない。S子とセックスしている時の写真があるから、それをバラ撒こう。それに、レイプしてビデオに撮影しよう。柳さんやってみない？成功報酬として500万円出すから」と持ちかけた。

翌15日、S子さんと母親は、前夜に録音したカセットテープを持参して上尾署に相談に訪れたが、署員は「事件か民事かギリギリだな。警察は難しいよ。あんたもいい思いしたんじゃないの」「プレゼントもらっているんだから・・」「3カ月ほどじゃ相手の男も一番燃え上がっているところだよね」などと述べ、真剣に対応しなかった。
7月13日、S子さんの顔写真が入った誹謗中傷ビラが自宅近辺の住宅、被害者の通学先、父親の勤務先敷地内などに数百枚ばらまかれた。
また7月20日頃には、「大人の男性募集中」という文言とS子さんの氏名、顔写真、電話番号が書かれたカードが高島平団地の郵便受けに大量に投函され、インターネットにも同様の書きこみがあったが、この頃小松はアリバイづくりのために沖縄に滞在していた。
ビラを見た人からの連絡でそれを知ったS子さんの母親は上尾署に向かったが、簡単な事情聴取だけで帰されてしまった。
母子はその後も何度も警察署に相談したが「警察は告訴がなければ捜査できない」、「嫁入り前の娘さんだし、裁判になればいろいろなことを聞かれて、辛い目に遭うことがいっぱいありますよ」、「告訴は試験が終わってからでもいいんじゃないですか」などと相手にされなかった。

7月下旬、S子さんは上尾署に訪れ、「犯人は小松和人に間違いありません」と名誉毀損容疑で告訴。だが犯人については「誰がこのようなことをしたのかわかりません」と記載された。

8月下旬、S子さんの父親の勤務先や、その本社にも中傷文書が届き、その封書は550通にも及んだため、父親は警察に相談に行ったが「警察は忙しいんですよ」と対応される。

9月、上尾署係 員は仕事が増えるのを嫌がり、S子さんの母親に「告訴取り下げ」を要請。
その際、刑事訴訟法の規定で一度告訴を取り下げると再告訴はできなくなるにも関わらず、それが可能であるように話し母親の説得を試みたが、拒否されたため勝手に「告訴」を「被害届」に改ざん。
その後、その件を問われた警察は「それは警察官の偽者だ。おそらく芝居を打って告訴を取り下げさせようとしたのだろう」などと述べている

そんな中で事件は起こったのだが、事件後、上尾署では捜査ミスを隠すために嘘の調書を作成してい た。

事件直後、現場に駆け付けた母親を病院へ連れていかずに上尾署へ連れていき事情聴取を受けさせた。
この間、もう午後1時30分には死亡が確認されていたのに「危険な状態だが、頑張っている」と伝えており、母親が「いま亡くなった」と伝えられたのは午後3時頃のことである。

その後の警察の発表で、事件当日のS子さんの服装等を「バックはプラダ」「時計はグッチ」などと意図的とも捉えることができるような説明をしたことで、マスコミ各社にブランド嗜好の派手な女性といった印象の報道がなされたあげく「ブランド依存症の女性」「キャバクラ嬢」「風俗嬢だった」などとデマまで流れ、殺害に至った経緯にはS子さんにも問題があったかのように報道された。

S子さんとその家族は、二重、三重の被害者となったと言えますし、被害者感情を考えれば最後の最後まで理不尽極まりない事件だったと言えるでしょう。

判決

死亡した小松の容疑については、2月23日に被疑者死亡のまま起訴猶予処分となり、小松が責任を問われることはなくなった。
小松の残した2通の遺書には、いずれもS子さんと家族、マスコミへの怨嗟の言葉が並べ立てられ、自身の冤罪を主張する一方で、自身の家族には事前に自らにかけていた生命保険金を老後資金として役立てて欲しい、との言葉が綴られていた。

実行部隊の主犯格の兄武史には無期懲役。
その他三人の共犯者には懲役15年から18年の刑が言い渡された。

警察が重ねた数々の失態

・ストーカー被害の告訴状を被害届に改ざん
・結果としてちゃんと捜査をせず、殺人事件を誘発
・父親からの捜査の懇願の「これからもよろしくお願いします」を「無事終わり、ひと安心です」と言われたと説明
・事後、火消しのためにマスコミに虚偽の情報を流し、被害者にも非があったという報道をさせる
・犯人を週刊誌記者に先に特定される
・その記者から情報提供を受けるも犯人逮捕に積極的に動かず
・実行犯は逮捕するも、主犯は逃亡し、その後ヤクザがらみのもめごとで「自殺」されてしまう
・一連のズサンな捜査を国会で暴露されるも、数名の警察官を懲戒するだけで済ませてしまう
・遺族が訴えを起こすと、一転「お前たちは金がほしいから訴えているんだろう」 と発言
・殺人事件の捜査のために押収した資料を、警察が自己弁護に使用
・被害者が生命の危機を感じて予め記した遺書は、遺書ではなく妄想を書き綴った手紙だと主張
・事件後の記者会見で、報道陣を前に捜査一課長代理が半笑いで事件の概要を説明

この事件は、このようなあまりにもズサンな警察の対応とともに、犯人の異常性、事件の凄惨さなどインパクトが強く、人々にかなりの衝撃を与えたため、法整備への世論も高まりストーカー規制法制定に至りました。