ストーカーについて

「警察との付き合い方」

ストーキングなのか熱心な求愛行動なのか、つまり、刑事上の不法行為なのか民事上のトラブルなのか境界線が見えにくい場合がよくあります。
警察がなかなか警告を出さない理由の一つは、非常に強い権力を持つ警察組織が民事上の問題に介入するのを自戒している部分もあります。
2012年の統計では、認知した19.920件の事案のうち、警告を出したのはわずか一割にとどまっています。

 

ストーカー行為にあたるかどうかの判断は「被害を申し出た人が、相手からの接触を明確に拒否しているかどうか」によります。
警察に相談に行った被害者がまず聞かれるのが「接触を拒否しましたか?」という事です。
拒否して当然ではないかと思われるでしょうが、実際に被害者の立場になると、拒否する事自体が難しくなるのです。
ストーカーは声が大きく、弁が立つ人が多い傾向があるので、相談に来る方の半数は「一緒にいるのが疲れた」「私はあなたにふさわしくない」などの婉曲な言い方をしていて、明確には拒否していないのです。
それは男性被害者も同じで、「もう二度と連絡しないでほしい」とキッパリ言えないのは「私が死んでもいいの?」などと脅迫的な反撃を受けるのは怖いからです。

 

ストーカー規制法の問題は、警察しか対応できないようになっている事です。
これは被害者にとって非常に辛いところで、加害者に苦しめられている最中に、警告を出してもらうべく警察とも熾烈なやり取りをしないとならないのです。
警察署に出向くまでの決意も大変で、やっとたどり着いた末、警察署で長時間色々と聞かれ疲れ果ててしまいます。
ストーカーに苦しむ人間にとって、警察は最大の味方です。
身の危険を顧みず、加害者と対峙してくれる大組織は警察だけなのです。
そもそもストーカーという蛇に睨まれた蛙のような心理状態で、その上警察官がコワオモテだったり高圧的だったりしたら、被害者はますます縮こまってしまいます。
他方で加害者は、被害の訴えにも平然と嘘をついたり、しばしば逆に被害者ぶったりもします。
それをまた警察官から聞かれるストレスもあるし、証拠が不十分だと言われたり、なかなか対応してくれない苛立ちも一層被害者を苦しめるのです。

ストーカー事案の相談の中には、単なる嫌がらせや男女のイザコザのように見えながら、凶悪事件に発展していくケースも紛れています。
それを見極めるには、どうしても加害者の心の奥に踏み込む必要があり、心理の専門家ではない警察官にそこまで期待するのは難しいでしょう。

 

私が警察に期待する具体策は、早めに正式な警告を出してくれる事と、その時は被害者に対して一時身を隠すくらいの安全策を講じるように指導してくれる事です。
警告は「警告申出書」を正式に提出しないとしてくれません。
申出書がない口頭警告は、注意の意味の警告に過ぎず、法的効力がありません。
告訴ともなれば、尚更自分の意思をしっかり伝える必要があります。
被害者は「逮捕をされてもどうせすぐに出てくる」と考えるのではなく「逮捕されてようやく優位に立てる。本当の勝利、解決に向けて対策を打つ時間ができる」と考えるべきです。
攻守交替のターニングポイント、本当の安心を勝ち得るスタート地点と位置づけるべきです。

 

告訴をする場合は弁護士に告訴状を書いてもらうのが理想的ですが、本来は口頭でもよく、警察署で調書を取ってもらいます。
いづれにしても証拠が必要ですから、常々被害は記録して保持しておく事が大切です。
ストーカー規制法の捜査は相当時間が掛かりますので、告訴してからの身の安全の確保が大事になります。
早い段階で居場所や通勤経路を変えるなど、考えうる万全を期す事が重要です。

 

ストーカー事案であっても、窃盗、暴行、傷害、脅迫、住居侵入などの事実があれば、先にそれらで告訴する事も考慮に入れておくべきでしょう。
最近は警視庁、神奈川県警、兵庫県警などでストーカー対策のプロジェクトチームが立ち上げられ、被害相談の時から刑事が加わるようになりましたが、ストーカー規制法違反の証拠固めは案外難しいのです。

 

相手のメッセージが「殺したい」ではなく「死にたい」「愛している」というものだったり、嫌がらせが高価な贈り物だったりすると、犯意を裏付けるのは簡単ではありません。
待ち伏せや監視、「粗野又は乱暴な言動」も、規制法第三条の「身体の安全、住居等の平穏もしくは名誉が害され、または行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない」に明らかに抵触していないと違反にはならないのです。

 

 

出典: 「ストーカー」は何を考えているか /小早川 明子 /新潮新書

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